Our Story

 

  

 えぞ麦酒が札幌で始まったのは1992年。けれども、物語は1971年に遡る。えぞ麦酒ファウンダーである南カリフォリニア出身フレッド・カフマンは、ベトナム戦争への反意を唱えアジアへの旅に出る。違いが分からなかった数あるアジアの国の一つJAPANに降り立ったのが、1971年。当時18才。東京のダンボール工場で日給1000円で働き、出身地のカリフォルニアには存在しない殺人的湿度に嫌気を感じる中、誰かに涼しくて湿気のない、「ホッカイドウ」と呼ばれるところが日本には存在すると聞く。すぐにヒッチハイクで北へ向かい、たどり着いた先が札幌。好きになる。ベトナム戦争が終わり、アメリカに帰り大学に行ったが日本を忘れられず、早稲田大学に編入。卒業後、札幌に「帰郷」。

 「帰郷」ののち、生計を立てるすべとして、、寿司屋、焼き鳥屋などはガイジンだから無理、、思いついたのは世界のビールを提供するバー!すすきのの南で麦酒停というビールバーをオープンする。アメリカの「ALL ABOUT BEER」というビール雑誌に記事を投稿し始めたのものその頃。当時その雑誌でコラムを書いていた、マイケル・ジャクソン(そうあのビールハンターの名を持つ著名なイギリス人ビールマニア! https://bit.ly/35T4lfY)とも関り、兼ね兼ね入れ込んでいたクラフトビールへの造形を深める。当時、自分のバーでは「15種類のなんともない」アメリカのメジャーブランドビールを扱うが、全くの面白さを感じられなく、すでに精通していた楽しく美味しいアメリカのクラフトビールを自ら輸入することを思い立つ。

 以来、約30年、アメリカのクラフトビールを日本に紹介したパイオニアの一人として、アメリカに留まらず、ベルギー、ドイツ、フランス、スコットランド、オランダ、ノルウェー、エストニアなど世界各国からみずからが本当に美味しいと思える日本では手に入らないビール、スピリッツを輸入する。